2016年2月28日日曜日

Youtube上の日本各地の節分・追儺で考える 神戸市に「縛られた鬼」が多く居る件

ここでちょっと以下のpdfファイルに目を通していただけるとありがたいのですが。アレクサンドル・グラさんというフランスの方が日本語で書かれている論文です。

http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/bugai/kokugen/nichigen/issue/pdf/5/5-03.pdf

ここには方相氏が穢れを祓い清める儀式を司る役目から、触穢思想から次第に穢れたものとみなされ最後には穢れそのものとされ祓われる存在へと零落していく道筋が書かれています。

方相氏から鬼へ。

前回の平安神宮や、吉田神社でも例外ではないようで一度方相氏は鬼の立場に零落していつ頃かは不明ですがもう一度方相氏として新たに創造されたのではないかと私は考えます。


というのも、どちらも方相氏の他に鬼がいるからなのです。

平安神宮
平安神宮の鬼
画像クリックで動画再生します
平安神宮の鬼。眼が四つ。方相氏としての記号性を備えてます。

この、平安神宮の鬼は現代風に鬼は外、と追い払われますがその顔と装束を見ると四つの眼に立派な鎧。手には戈ではないですが代わりの斧。まさに方相氏の記号性を備えています。現在の方相氏に祓われる場面はありません。以前は方相氏だったのに鬼身分に落とされた上に現在は別の方相氏が来てしまって怒っているように見えます。「元々方相氏は俺だ!がおーっ!」という具合です。

吉田神社
吉田神社の鬼(左)と方相氏(右)
画像クリックで動画再生します
吉田神社の鬼(左)と方相氏(右)

吉田神社では完全に鬼と方相氏が分化してそれぞれの役割にしっかりと立脚して確立しています。また、鬼がいることで方相氏が鬼と混同されることは無いでしょう。

さて、神戸から三件、祓い清める“鬼”の動画が上がってます。
これがまた、見えない背景になんかあるな。と思わせるものなんですよ。立て続けにどうぞっ!

長田神社(神戸市長田区)





妙法寺(神戸市須磨区)




明王寺(神戸市垂水区)


まず、神戸市に集中している点で「おや?」と思いませんか?
そしてこの三か所、「鬼は外、福は内」なんてひと言も言ってないんですよ。鬼が災いや疫病を祓うというのです。

上の三つに共通する外見上の特徴がありますね。彼らは皆、縛られているのです。縛られているというのは、どういうことかというと、彼らが囚人であるという事を示す記号だと思います。

私、やたら記号々々言ってますが要はこういう事です。

眼が四つ、豪華な衣装、戈と盾。以上が方相氏の記号。

角、半裸、虎皮の下帯。以上が鬼の記号。

では、縛られているのは何の記号か?

囚人。それも、俘囚とよばれる者達なのではないかと私は思います。即ち、蝦夷・土蜘蛛などのまつろわぬ民のうち帰順した者の一団です。

神戸の三地点で鬼とされているのはおそらく俘囚です。理由はここで述べたように縛られているからです。

冒頭のPDFの論文の中で述べられているように方相氏は災いや穢れを祓い清める役目を担っていたが、次第に、穢れを祓う≒穢れた存在、として忌避され始め、最後には穢れそのものとして祓われる存在に零落したとされています。これはもう民俗学では一般論として存在しているといってもよいでしょう。

この神戸の三地点ではなぜ俘囚なのか。

中央(京都)では方相氏が鬼へ零落する間に、方相氏が担っていた穢れてしまう役目を俘囚に下請けに出した時期があったのではないでしょうか。そしてこの段階の追儺式がこの地方に導入され、頑なに式次第を守り伝えて現在にいたるのではないのかと私は考えます。

そして中央(京都)で直接、鬼へ落とされたのは方相氏ではなく俘囚だ、という事になります。

京都から見て神戸とは反対側の愛知県豊橋市に、なんと、
縛られていて祓い清め「られる」鬼が居ました。

安久美神戸神名社

社名に“神戸”とありますがこれは元は“神部”で読みは「かんべ」で兵庫県神戸市とは由来の上では関係なく、別物です。

これは私の、縛られている者:俘囚。という記号論でいうと明確に俘囚です。さらに、模様の色は薄いですが虎皮の下帯も身に着けているようです。つまり鬼でもある訳です。そして祓われています。


まとめ

私は、


方相氏が直接鬼に落とされた訳ではなく、まず方相氏の役務が俘囚に下請けに出され、その俘囚が鬼に落とされた。という見方もできるのではないかと。提唱します。



しかし近代、正統性を欲するが故に、古式の式次第の部分的な復旧を果たした所は方相氏と鬼が両方存在する。

平安神宮の鬼のうち、眼を四つ有する者は元、方相氏らしい。

吉田神社では、俘囚が鬼へ完全に変わった後、方相氏を復活させた。

兵庫県神戸市の一社と二寺では伝えられた式次第を頑なに守った。俘囚を祓われる存在へ落としたくない理由がその地域にあったのかもしれない。

安久美神戸神名社のものは俘囚が鬼に完全に落とされる前の段階ではないのだろうか?或いは鬼≒俘囚説が後から付与されたものなのか。

以上でございます。長々とお付き合いいただきありがとうございました。








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