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2016年6月17日金曜日

「事故多しスピード落とせ」ですって。船橋オートの跡地を伺いに来てネットで何かと噂のマンションの前をどん詰まりまで歩いて行ったらそこに船橋サーキットの第1コーナーが再び顕われていた。


もう三ヶ月弱も経っちゃって、船橋オートの施設はもう解体され始めてるのかなと思ってきてみれば、そのまんまなんですよ。
私が思うにこのだだっぴろい敷地の舗装の下に「船橋サーキット」の路盤の遺構がそのまま埋まってるんじゃないかと、期待していて、もしそうならしっかり見てみたいと思ってるんですよね。

photo 船橋オートビルディング遠景photo 船橋オート正面ゲート跡
photo 船橋オートビルディング横からphoto 船橋オート横から走路を覗く

まぁ、まだ土地の貸借契約が残ってる状態で閉鎖したわけで次のプランも何も決まってなかったということなんでしょうね。写真の通り、正面ゲート跡は工事現場風のパネルが設置されてはいますがビルの解体工事に表示が義務付けられているアスベスト関連の告知パネルも無し。まだ解体へ向けての見通しも立ってはいない状態と思われます。

私、ザウスがあった頃から敷地の端っこのところに「船橋サーキットのバックストレッチがあったんじゃないかな?」と妄想逞しくしてたんですわ。それがまさにこのマンション前のこの長い直線ですよ。ザウス解体後に出来た道のようですね。
↓
航空写真 1966年船橋サーキット航空写真 1997年船橋オートレースとスキードームザウス航空写真 2009年船橋オートレースとIKEAとマンション群

このように船橋サーキットのバックストレッチだったものが一旦、ザウスの敷地となっておりザウスの解体とともに今度は一般道として復活した感じですね。

photo 船橋オートレース横の直線道路
「事故多しスピード落とせ」なんて書いてますが危ないのも道理。サーキットのカーブだったんですから。テクニック駆使して曲がるように作ってあるんですもん。減速不足は即飛び出すと思ってください。


航空写真 1965年船橋サーキット第1コーナー航空写真 2009年船橋オートレース横の直線路

最近の若者はクレバーですから、やりませんが、あーた。こんなん1985~90年頃だったらもう、一区間だけ攻めるバイクのローリング族が昼間っからブンブンバリバリ、ガラガッシャンと大騒ぎでオートレースどころの騒音じゃなかったでしょうね。だからその頃は道路としては存在してなかったようですね。

はいここでまた、そらまめ様の動画にご登場願いましょう。


0:04から0:10までがこのカーブのとこに立った視点です。


まぁ、そのつもりで心構えをしてブレーキ踏まないと飛び出しますわな、こんなんじゃ。最近のエコカーの純正タイヤって燃費は良いけどグリップ低いみたいですしね。

IKEAに車で来たりしてふいっとこのカーブに車を向けてしまった方。

貴方と貴方のお車の無事を願ってやみません。



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2016年3月30日水曜日

どっこい生きてる。元牛丼太郎茗荷谷店。丼太郎(どんぶり太郎)

低価格路線で牛丼戦線へクサビを打ち込んだこともある牛丼チェーン『牛丼太郎』。その茗荷谷店。
店舗全景看板


ふと気が付くと看板の“牛”の字がはがれ丼太郎になっている状態でした。パチンコのパの字がはがれた状態に近いものがありました。しかし、

剥がれたんじゃなくて剥がした跡だったようですね。それに「どんたろう」ではなく「どんぶりたろう」だそうです。
屋号読み「どんぶり太郎
牛丼太郎の運営会社が2012年に債務整理に入る前に従業員の有志に代々木とこの茗荷谷の店舗を営業譲渡して残りの店舗を閉鎖したようです。その後、代々木店を店舗の賃貸契約切れとともに閉鎖。この茗荷谷店へ力を集中させているようです。おそらく、『牛丼太郎』という商標は破産管財人の管理下にあって使えなくなったのでしょう。金太郎みたいなマスコットは商標登録してなかったんでしょう。なので使っている、と。あの腹がけ、“どんぶり勘定”の語源ですからどんぶり太郎で間違っちゃいませんな。

Wikipediaでは、BSE問題でダメージを受けたような記述がありますが、僕の記憶ではその前の1993年の米騒動で米の確保に失敗し、飯がとんでもない状態になっていた記憶があります。
僕自身もあの時期から足が遠のいたおぼえがありますね。

現在は味に関しては復旧。ただ店舗内装は徐々に古さが目立ち始め通常の外食ビジネスではとっくに更新時期を迎えたレベルなんですが、なんというか、香ばしい「闇市の飯屋」感がかすかに出始めてますね。浅草地下街の福ちゃんの佇まいを目指すのもありですかね。



手前からサンクス、どんぶり太郎、松屋、なか卯
並びには松屋となか卯、春日通り向かいにモスと日高屋と庄屋、茗荷谷駅入り口方面には拓大側に王将、エクセルシオール、駅前にマクド、その他個人経営店多数という結構な激戦区。

こんな中で生き残ってます。開店した飲食店の半数が二年以内に閉店と謂われるなかでのこの実績は評価されるべきでしょう。

このどんぶり太郎の目玉というか、他の店は手を出さないメニューが、

納豆丼 と 納豆キムチ丼

ようはそれぞれのものをのっけただけ。納豆とライスを出すのと違う所は納豆がすでに練られていてそれなりに考えた味付けがなされている点。しかしこれは、タブーに踏み込んでしまってる感じがあります。

これを初めて眼にしたとき怒涛のような「やっちまったね」感がおしよせて来たが、物珍しさに負けて注文してしまった。

以来この店にはこの納豆丼を食べる時だけ行く状態だ。

納豆丼¥220。 豚汁¥130。 冷奴¥100。



手前左 納豆丼 右 冷奴 奥中央豚汁
この三点で¥450也。


夜間店舗全景 どんぶり太郎だけ看板照明無し
夜は、看板の照明も点けずに節約してやってます。


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2015年2月17日火曜日

東北道羽生PA上りに鬼平犯科帳のテーマパーク的フードコートが!

東北道上り羽生パーキング1
東北道上り羽生パーキング2



栃木市でカートの練習した帰りに東北道羽生PAにメシを食べに寄ったらこの佇まい。「まるでテーマパークだね」と思っていたら。

鬼平犯科帳のテーマパークだったという話。
鬼平江戸処1
鬼平江戸処2

じゃーん。冒頭の写真の店舗のモチーフは「鬼平」の中で盗賊に押し込みに入られた商家なんだと。はん。



鬼平江戸処 桐屋

飲食スペースにこんな暖簾がかかってファンへのくすぐりとしている。この桐屋というのは目黒不動門前の飴屋さんね。長谷川平蔵の奥方の久栄のお気に入りで平蔵や、尾美としのり演ずる木村忠吾が土産に買うシーンがある。但しこのフードコートには桐屋という店舗は無い。

この一番奥に、このフードコートの目玉とも言える「軍鶏鍋 五鉄」がある。
鬼平江戸処 五鉄2
鬼平江戸処 五鉄3


メニューは看板通りの軍鶏鍋の他は、普通の鶏の料理。鍋は値段(1500円)はともかく、時間かかりそうなのでたくさんは売れないだろうね。


ん?木村忠吾が男色の算術指南に拉致されていたぶられる話「男色一本饂飩」に出てくる一本うどんまで五鉄の担当になってるけど店が違うだろ。これ。もっとも一本うどんは池波正太郎氏の完全な創作で実際にそんな料理は無かったという話もあるんだけどね



五鉄の目玉はこれ。
ダミーの二階への階段。

鬼平江戸処 五鉄3

この上に彦十のとっつぁんが居る。という設定なんだろうね。



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2013年7月10日水曜日

明治国道45号 十三峠 その他の写真

明治国道45号十三峠、尾根道。田浦梅林。1
明治国道45号十三峠、尾根道。田浦梅林。2
明治国道45号十三峠、尾根道。塚山インター。
明治国道45号十三峠、尾根道。この先階段 看板。

「山行が」のレポート当時はボロボロだった↑『車両の通り抜けできません』の看板が新しいものになりましたね。サイトマスターは市公認のトンネル探索会などで横須賀市当局とコネクションがあるようですので市の担当者もあのレポートを見ていたんでしょう。柵の類を設置しないのはここから階段部までの間に住宅があり原付・オートバイ等を所有している世帯があるためですね。




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横須賀明治国道45号 十三峠

【取材日2012年1月15日)初発表時 Team ABOUT K-TAIへの道へ発表】


情報ソース「山さ行がねが」 他。
ネ申サイト「山さ行がねが」のレポートの「逆打ち」をやってみました。
 


横須賀市逸見(へみ)明治国道45号十三峠の急坂。坂の下から見上げる。
最大斜度50パーセント(パーミルではないところに注目)の現役古道。その頂に按針塚(徳川家康の外国情勢顧問ウィリアム・アダムスの墓所)があることから江戸時代初期にはこの道が開削されていたのではないかと推測される。
 
驚くことに尾根の部分に相当数の住居があり、かなりの数の住民がいらっしゃるようだ。そしてみな自動車を所有している世帯ばかり。住宅地開発のために麓からループ道路が作られていた。
     ↑なんと砲台構築の資材運搬のための道なんですと!



横須賀市逸見(へみ)明治国道45号十三峠の急坂。坂の上から見おろす。

「山行が」のレポート当時の写真と比べると右側の崖の藪が刈り払われ、真新しいワッフル法面で覆われています。入口左手のものは当時すでにありましたから、やはり震災後に急いで覆工工事を行ったのでしょうか?或いは、左の崖の施工済みの部分は無事で右側の崖に崩壊が見られたのかもしれませんね。横須賀市にはワッフル法面がたくさんあるようですから発注側も受注側もやると決まれば早いんでしょう。

 
近辺の住宅のなかには先の震災のゆれでさぞかし肝を冷やしたろう、と思うような構造のものもありました。ま、余計なお世話と言われればそれまでですが。
 


横須賀市逸見(へみ)明治国道45号十三峠の郷土史解説金属柱。

京急線逸見か横須賀線、田浦駅か横須賀駅から成人男性で30分あればまぁ着くでしょう。
 
横須賀市逸見(へみ)の々字橋

そのループ道です↑。その名も「の々字橋」。こういうのが湘南地区には最低あと二つあるようですからそれも見てみたいですね。


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